自由が丘FMニュース

自由が丘FMの代表が「仕事人」から取材を受け記事コピーを掲載します

仕事人=ラジオ=関戸祐守
文=近藤 帝

ラジオというのは、会話や音楽などの音声信号を、電波を使って不特
定多数のために放送するしくみである。日本では大正14年に初めて
ラジオ放送が開始され、現在に至るまで数々のその時代の出来事を
伝え、伝説を作ってきた。しかし、時代の変遷を受け徐々にその立場
は斜陽化していく。


どんなに時代が変わろうとも、消えることなくありつづけられたのは、
ラジオにしかできないことがあり、そして、時代が生んだ様々なメディア
とラジオが融合したことで進化しつづけたからである。つまり、外部の
影響を受け入れることのできる柔軟さと、どんなに時代が移り変わろう
とも決して消えることのないラジオの魂、この三つがラジオの最大の魅
力ではないだろうか。 今回の仕事人は、ラジオの歴史に大きく関わっ
たラジオ職人をクローズアップ。

プロフィール:関戸祐守(せきどひろもり)京都生まれ、和歌山放送ディ
レクターアナウンサー エフエム大阪取締役アナウンサー エフエム東
京へ出向し全国FM放送協議会、ジャパンFMネットワーク事務局長、
現コミュィ・メディア・ネットワーク(CMN)代表取締役、自由が丘FM代
表プロデューサー。エフエム大阪時代はアナウンサーとして関西で一
世を風靡した。大阪にあって世界的な設備を誇るフェスティバルホール
から「サンタナ」「セルジオメンデス」の実況生中継のアナウンスや深夜
番組、報道番組を担当した。FM大阪の看板番組「阪急アワーあなたと
夜と音楽と」の宝塚コーナーでは宝塚歌劇団理事長や宝塚スター
(例大地真央、黒木瞳)とのインタビューを担当したことで、大の宝塚通
となり、時には宝塚大劇場舞台で貸切ショーの司会も務めた。

ラジオからのYELL

 2011年3月11日未曾有の東日本大震災が起こった。この震災により
日本全土は大きな被害に見舞われ、震源地での宮城・岩手・福島では
尋常でない大災害となり、首都圏では帰宅困難者で溢れる事態に陥っ
た。今回の地震により、ライフラインの情報とは違う部分で''ラジオの力
が見直されることとなったのだが、果たしてその力とはなんだろうか。

「やはり、外向けの情報だけでなく、内向け(被災地)の放送も重要だと
いうこと。もちろん安否情報があるのは前提だが、ライフライン情報だけ
じゃない、ラジオの前の人の声が(エールとなり)力となり、被災者にとっ
て大きな生きる支えとなった」

現在、自由が丘FMの立ち上げを行っている関戸祐守氏は、もともと
和歌山放送、エフエム大阪でラジオアナウンサーとして報道に関わり、
また、平成7年の阪神淡路大震災でFMネットワークの中で一人現場へ
入り1日中震災被害状況を声を涸らして伝えた。実況の数は50回にも
及ぶ。今回の東日本大震災で感じたこと、そしてラジオならではの特徴
を語ってくれた。「現場への出動は自主判断だったが、がれきの間を縫
いながら現場に向かった。とにかく何よりも目の前に写るその場の光景
を伝えた。屋根が落ち跡形もなく崩れ落ちた家の前で呆然と倖んでいる
ひとに話を聞いたりもしたが、とにかく言葉にならない言葉が出ていた。
現場でいま何が起きているのか、それを直接全国の人々に伝える大き
な役割を果たすことができた」災害時にラジオは力を大きな力を発挿す
る。それは、まず機動力があるということだ。特にテレビと違いは機材の
少なさ、発信のしやすさもある。また受信側も小型ラジオがあれば集団
で聴くこともできる。しかし、そこには言葉だけでその現場の情景や明確
な情報を伝える技術力・表現力が重要となってくる。関戸氏は、和歌山
放送時代事件や事故を扱う報道アナウンサーとして活躍した経験もあり、
阪神大震災はその力が充分に発揮された場面であっただろう。

ひとりのラジオ職人が生まれる。

元々、関戸氏はFM和歌山でアナウンサー、その後FM大阪に移り、
ディレクター・ミキサー・アナウンサーを一人で切り盛りするいわゆるワン
マンで番組を担当していた。企画から演出、そして喋りまで全てを担当
していた。「アナウンサーというのはいわゆる主観性が必要で、ディレク
ターは逆に客観性が重要。その両方を経験したのは大きな自信につな
がった」テレビでは顕著だが、演出と演者は通常別々に作業が行われる。
その方が負担はない、また多数の意見が反映できるからだ。しかし、ラ
ジオでは元々のチームが少数なことも含め、個人の力がフル発揮される。
一人が全ての作業を知って臨む。その後、関戸氏はジャパンエフエムネ
ットワーク(JFN=全国FM放送協議会)の事務局長になり、全国津々浦
々各局と連携をとりながら番組を放送する立場を担う。その傍ら、地域
コミュニティFM局20局の放送局づくりに携わるなど多忙な時期を過ごし
た。「ラジオの番組制作上意識していることは、本音を出すこと。いわゆ
る喜怒哀楽を大切にすることだ。日々の暮らしのなかに、(特にパーソナ
リティは)放送に関っている時間があるわけで、生活に密着した情報を伝
えることが重要なのだ」できる限り、地域に密着した情報を流す。井戸端
会議的な情報で良いのだ。そこには親近感が重要となってくる。そして
「また聞きたい!」と思わせるには、喋り手のパーソナリティな部分が見
えてくるほうが良い。実はその近親さがラジオの特徴ではないだろうか。

そもそも、ラジオ局ってなに?

通常ラジオ局というのは、県域放送局、コミュニティ放送局、ミニFM局、
と3つあり、それぞれで電波の周域範囲の大小が異なる。例えば、東京
キー局のTOKYOFMは首都圏域をカバーしているが、コミュニティFM
である世田谷FMであれば世田谷全域、葛和FMであれば葛飾全域を
中心といったように、放送を伝える範囲が変わってくる。そして、電波を
発信するにあたり、国の認可がキー局、コミュニティFMそれぞれで必要
である。ちなみにミニFMというのは個人で楽しむ範囲(100m)であるた
め、国の認可は必要ない。町内会で楽しむといったようなものだ。
「今、東京でラジオを聴取している人は少なくなっている。その中でも聴
いている層で比較的割合を占めているのが車の運転手だが、やはりラ
ジオ聴取は地方の方が活発の様だ。例えば、地方ではあれば、隣の家
に行くにも車に乗ってラジオをつける。そして、地域に密着したラジオ番
組が流れているし娯楽のひとつになっている」流行が早い都内よりも、
地域性に特化した地方の方がラジオというのは力を発揮できるのかもし
れない。それに、町内のどこどこで、何々が開催される、などの情報範囲
が狭まるほど影響力は強くなる。

そして、ラジオの行く末

 コミュニティFMなら地域に密着した情報を発信しつつ、キー局から品質
の高い番組の供給を受け、混成した番組編成にすることで、よりラジオら
しい形態を作ることができる。これは、アメリカのラジオに似ている。日本
よりも圧倒的に広いアメリカでは、コミュニティラジオ局が無数に存在し、
それぞれの特色を活かした放送を行っている。アーティストの音楽も局の
イチオシミュージックがかかるので、コミュニティ放送から火がつきスター
ダムへ登りつめたスターも多くいる。「コミュニティ放送局がフランチャイズ
化されると面白い。アメリカではシンジケーションシステム(番組販売)と
いって、つまり、コンビニと同じようにオーナーを立てて、直接番組制作を
するのではなく、その黒幕としてコントロールするような形をとっている」

ラジオのクロスメディア化

 現代では番組の制作方法もメディアの多様化によって、単一的なもの
ではなくなつてきている。もともと、ラジオは 喋り手が一方的に語りかけ
るワンウエイであったが、リスナーからのはがきやFAX、メールを読むな
どツーウェイ(双方向)指向が強くなった。プログやツイッター、フェースブ
ック、SNSなどの発達により、その送り手と受け手の距離感は一層密に
なっている。
「自由が丘FMでは、映像と音声を使ってUSTREAM放送を行っている。
それもいわゆるスタジオに付けられた隠し撮りカメラ的な放送ではなく、
パーソナリティが直接カメラに向かって喋る。一対一を意識したものだ。
だけど、飽くまでも音声が主体。映像を見られなくても音声だけでも楽し
めることがまず必要で、加えて視覚的にも訴えかける方法を用いている。
言葉の面白さにウエイトを置き、喜怒哀楽が見えやすい映像と音声で表
現を行っている

ネットの普及、携帯電話の進化により、ラジオの聞かれ方や関わり方は
変わってきている。例えばネットで調べものをしながら、ラジオを流し、ツ
イッターで番組宛に感想を送るなど、と。また放送局側も新人アーティス
トを推す際、MYSPACE(マイ スペース)などのURLを紹介し、直に音楽
を聴いてもらい、そこでアーティストとリスナーとで交流してもらうようにな
る、といったように、メディアの多様性とともに、アクセスの違いも増えて
きた。そしてそれだけラジオの可能性が広がったということになる。

ラジオの魅力について
「リピートできるのが、ラジオの良さだ。励ましでも、音楽でも、繰り返し繰
り返し伝えることができる。それに「ボタンーつでラジオがONされると瞬
時に番組が流れる」こんな便利なメディアが他にあるだろうか?どんなに
時代が変わろうともメディアが多様化しようとも、ラジオの本質は変わな
い。それは瞬時であることと、言葉がそこにあり、言葉を通して温もりを伝
えているからだ。人間は孤独な生き物であり、人の声を常に求めている。

こんな若者に期待したい

「昔から、ラジオが好きな人がいて、そんな若者にもっとラジオに関わって
ほしいと思うし、いつかは仕事として携わってほしいとも思う。ラジオ人間
として、ずっと生きてほしい」
ラジオ人間‥・...。ラジオの世界というのは一見華やかである。DJは楽し
そうにお喋りをし、多様な音楽がかかり、ゲストには有名人がくる。テレビ
程のお乗り騒ぎ感もないし好きな人は好きであるからこそ、ラジオを聴い
ている見知らぬ他人と仲間意識が生まれる。しかし、実際の現場というの
は、孤独な作業である。放送の数時間のために、何日もかけて仕込みを
する。編集ルームは個室で、収録した"声"を、何度も、聴いては削っては
繋げ、繰り返し魅力あるものにしようと研磨する。そうして出来上がった
純粋音は宝石のようにキラキラしている。
 そこまでして、やり続けるのはなぜか、それは、根っからのラジオ人間だ
からだ。ラジオが好きで好きでしょうがないのだ。たぶん、そんな好きとい
う想いは時代が変わろうとも新たなメディアが生まれようとも、けして色あ
せることなくありつづけるはずだ。


2014.08.18[特別番組] |コメント(0) |トラックバック(0)

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